時間と乗り物


移動の疲労は移動時間ではなく距離に比例するという説があるが、実際にはやっぱり短い時間で移動する方が疲れないと思う。それにマイレージも貯まる。という理由で大阪への往復は空路を使う事が多い。


もっとも飛行機ではパソコンを開いていられる時間が短すぎるので、何らか作業が必要な場合は逆に新幹線を使って2時間半の乗車時間フルにタイピングし続ける場合もある。今日は幸いにも仕込みや準備の必要がないので、こういう時は飛行機だ。


しかし例によって出がけに限って息子がリンゴ食べたいとゴネ始めるので(こちらが出かけてしまうのを察知しているのだ)リンゴの皮をむいてたりしてると、そういった細かい時間の総和がいつのまにかのっぴきならない量になってしまう。これはやばいのではないかと思いつつタクシーと電車を乗り継いだが、なんとか出発時刻の20分前に空港に到着。冷汗かいた…。




さて本日は大阪IMIにて映像作品の中間合評会。IMIのチーフプロデューサー畑祥雄さん、映像プロデューサーの林勝彦さん、アート界の暴れん坊将軍こと椿昇さんと4人で、研究生の映像作品を講評。


自由作品ということでドキュメンタリーからアニメーションまで作風はまちまち。きわめて個性的な作品が並ぶが、残念ながら「やりたい事をやりきってる」「メーターが振り切れてる」作品は見当たらなかった。


たとえばアニメーション作品では、せっかく味のある絵柄なのに使われている画の枚数が少なくて見応えがない。映像サンプリング的な手法の作品では、アイディアは面白いのに尺が短すぎて瞬間芸レベルで終わってしまっている。と言った具合に、せっかくやりたい事が見えているのにもったいなと感じる作品がほとんどだった。


なぜだろう?と講評の合間に椿さんとも話したのだが、結局は時間の使い方なのだと思う。


寝食の時間も惜しんでそれに没頭するクレイジーな時間がないと、作品がなにか一線を超える事は難しいのではないか。今日ほとんどの作品から受けたのは、とりあえず「それっぽい映像」ができた段階で「まあこんなもんだろ」と仕事の手を休めてしまったような印象だった。


才能がどうのセンスがどうの言うよりも、とにかく制作に、あるいは制作のための思考に、どれだけ実時間を費やしたか。その違いは、クオリティの差となってはっきり現れる。


こういう話をすると、音楽の世界では「時間をかけて作曲したから良いものができるとは限らず、5分で作ったメロディの方が良かったりする事もある」なんて反論する人がいる。確かにそういう面があるのは事実だが、この話には2つのトリックがある事に注意しなければならない。


1つには、それがあくまでメロディの作曲の話にすぎないということ。それって、映像で言えばシナリオないしプロット作りにあたる。確かに、奇想天外なストーリーの骨子を5分で思いつく人はいるかもしれないが、それを映像化する作業(音楽で言えばアレンジからレコーディングやミキシングなど含めたトータルの制作プロセス)には一定の時間と労力が絶対に必要。


もう1つは、仮に話をメロディ作りにしぼったとしても「5分」の実時間の背後には膨大な時間の蓄積が必要だということ。ある日とつぜん空から最高のメロディが降ってくるなんて事はあり得ない(そういう事が可能なのは素人のビギナーズラックか、本物の天才だけだ。前者が2度目も同様の幸運を授かる確率は天文学的に低いし、後者にはそもそもこんな文章など関係ない)。長い時間かけてストックした膨大な記憶や経験や思考、そして悶々と悩み考え続ける「水面下」の時間があって初めて「ひらめき」の時間がやってくる。


そう考えると、映像にしろ音楽にしろ、コンピュータやテクノロジーを用いて「とりあえずそれらしいもの」が作れてしまう時代というのは、クリエイターにとって案外、不幸な時代かもしれない。


今どき、ビデオカメラのRECボタンを押せばとりあえず何か撮る事はできる。編集ソフトでそれを並べてカット&ペーストすれば「映像っぽいもの」はすぐに作れる。バンドルされたループ素材を音楽ソフトに並べてカット&ペーストすれば「音楽っぽいもの」はすぐに作れる。そこから斬新な何かが生まれる可能性は否定しない。


だが、時間軸に沿って音が発せれればそれが「音楽」なわけではないし、何かが写った1秒30枚の画像が連続して流れればそれが「映像」なわけではない。それは単に必要最低限の「形式」にすぎない。という点は強調しておきたい。


形式という「乗り物」に何を乗せるのか。どこに行くのか。大事なのはそこであって、それがはっきりしてれば「乗り物」など何でも良いとも言える。皿に描こうと壁に描こうと彫刻つくろうとピカソピカソ


いや、あるいは逆に、「乗り物」に徹底的にこだわり、それに何ができるか狂ったように試行錯誤する、という手もあるかもしれない。だがとにかく、漫然と乗り物に乗ってるだけでは何ひとつ起こらないという点は、常に意識しておく必要がある。




そんなこんなで、合評会が終わった頃にはもう飛行機がなく、最終の新幹線に駆け込んで帰京。上には「乗り物など何でも良い」なんて書いたけど、撤回したくなりました。なにしろ2時間半も椅子で居眠りしたら全身がバッキバキに疲れてしまったので… やっぱ速い方が良いっス!