狂った有楽町


今夜は朝日ホールまで行ってきました。いよいよ2週間後に迫ったフランス公演を前に、まさに作曲も佳境というこの絶妙のタイミングで、なんと、その『狂った一頁』のプリント上映会が催されたのです。


これまで本誌でもさんざ言及してきた通り、数奇な運命を辿ったこの映画、市販のソフトとしても一般上映の場でもほとんど観る事ができないこの「幻の名作」を、フィルムのスクリーン上映で観られるというだけでもとりあえず駆けつけなければならないのは必定。しかも今夜は高橋悠治さんのピアノ生演奏つきということなので、この映像にライヴで音をつける場合のケーススタディとして大いに参考になるはず。というわけで息子をベビーシッターさんに預け、夫婦で有楽町へ向かう。


上映に先駆けて、主催のFIFA(国際フィルム・アーカイヴ連盟)によるシンポジウムが行われた。この種のトークは、ま、スペシャル・イベントの前座というか、お約束みたいなものだから、全く期待してなかったのだけど(←失礼な)意外に考えさせられるイイ言葉を聞けた。


パネリストによると、この団体は世界中のアーキヴィストの集まりで、連絡をとりあっては世界のあちこちに散逸した古いフィルムを調査し発見し修復保存する機関だという。「あなたがもし家庭用8ミリ映画のような古いフィルムをお持ちなら、それをデジタルに複写して保存するのは良い考えだが、もとのフィルムも決して捨てないで保存しておいた方が良い。場合によっては、そちらの方が寿命が長いかもしれないから」「データさえ残せばフィルムそのものは不要だという事はありえない。大事なのはコンテンツ(中身)だけではない。それを収録したフィルムが持つコンテキストや、そこにあるエクスペリエンス(体験)も含めた全てが”映画”なのだ」といった熱いメッセージが印象的だった。


考えてみれば当方、何でもコンテンツこそ大事、あとは「ガワ」に過ぎないさ、と平気で捨てちまうタイプ。たとえば書籍だって帯とかカバーとか邪魔くさいから外したり捨てたりしてしまうぐらいで。雑誌なんかだと必要な記事だけ切り取って、後はどんどん捨てる。え?もったいないって?いやいや保存スペースを確保するコストの方がよっぽどもったいないよ。プレゼントのラッピングも、ちまちまリボンほどいたりしてられない。ビリビリ破いて早く中身を見たいじゃないか。という人間なのだ。


これに対して、妻はその「ガワ」にものすごくこだわるタイプ。贈る時も受け取る時も「プレゼントは包装こそが大事に決まってるじゃない?ぜんぶ写真に撮っておきたいくらいよ」と、当方からは考えられないようなこだわりっぷりを見せる。家に来た郵便物(クレジットカードの明細とか、そういったきわめて事務的)を当方は不用意に手でビリビリひっちゃぶいたりするのだが、いつも「どうしてペーパーナイフで奇麗に切らないの!」と叱られている。今夜、その真意にようやく得心がいった。


コンテンツだけで良いならCDなんてもういらない。たとえばオンライン上で、オンディマンドのオーダーを受注してデータだけを送付するシステムにしたらコストもかからないし音質はCD以上のものが届けられる。(そういうビジネス、既にやってるアーティストがいたりして?)けれどディスクやパッケージやグラフィックなどの一体となった「モノ」としての魅力や、それが並んだCDショップにぷらっと入ってあれこれ眺めたり、思いもよらない一枚をディグしたりする快楽(まさしくエクスペリエンス!)は、やっぱり貴重なものだと思う。ショップと言えば、お店やコーナーによって実に個性的な、店員さんの手書きレコメンド文なんかも捨てがたい。世の中、コンテンツだけじゃないと思うのだ。


とまあ音楽メディアのことも連想させられた、そんな話の後で上映会。


ハイコントラストな光と影の映像美も堪能できたし、手持ちの映像ではわからなかった細部も確認できたのが何よりの収穫。そして同時に、古いモノクロ映画を1時間以上観続けるのはとりあえず生理的にものすんごく目が疲れるという事がわかった(苦笑)。


また、台詞もなく説明抜きに現実と妄想が入り乱れ、モンタージュやフラッシュバックが相次ぐ割にストーリーはものすごく単純で展開もテンポも遅々としたこの映画につきあうのは、歴史的価値とか映画技法なんかに別段興味がなく「とりあえず面白い映画を観たい」一般観客にとっては拷問に等しいという事も理解できた(さらに苦笑)。


ならば、音を用いてどのように映画内の時空を演出し、映像だけでは読み取りにくい心理描写や物語進行を音で補強するか。いやそんな事よりも、目が痛いとか筋がどうしたとかいった事さえ忘れ、ひたすら暗闇でポケーッと映像と音に浸るという、映画の存在理由とも言える幸福な時間を、どう成立させるか。細かいこだわりより何よりも、それが最重要課題だな。


とりあえず帰宅したらオーガナイザーにはリハーサルの時間を増やしてもらえるようメールしなければ。これは本番、ちょっと慎重に準備した方がよさそうだという気がしてきた。