殺戮マニュアル


ゴキブリが苦手だ。


ま、あまり得意な人もいまいが、目撃した瞬間ズザアアアーーーッ!と反射的に3mは後ろに飛び退いてしまい「ンウアアアアーーッ」と意味不明なうめき声をあげてしまうほど、恐ろしい。なにしろ気持ち悪いのは、触ったら手にニチャと油液でもつきそうにヌメヌメと黒光りする背中の羽(チャバネなら比較的こわくない)だ。頭から伸びた長い触覚がニンニンニン…と意味ありげに揺れていたりするのも不気味だ。細い割に妙にメカニカルな形態と動きをする脚部も嫌だ。意を決してなんとか退治しようと近づく当方の気配を異様な勘の良さで察知し、カサカサカサカサ…とその脚6本を繊毛のように動かして逃げる敏捷さには、恐怖さえおぼえる。噴霧剤を浴びせてもちょっとやそっとじゃ静止せず、グググ、ウグググといつまでたっても全身痙攣しているところなど吐き気がする光景。ゴキブリが苦手なのだ。できれば一生目撃したくない。しかし今夜、子供が泣き出したのでミルクをつくろうと台所の灯りをカチッとつけると、白い壁面のちょうど目の高さに、茶色のそいつらが3匹へばりついていた。


一人暮らしだったら何も見なかった事にしてそーっと灯りを消し、そのままベッドに戻ったかもしれない。しかし今や当方、ゴキブリの苦手な小心者の男である前に、夫として一児の父としていや一家の主としてこれを見過ごすわけには断じていかぬ。身の毛がよだつ思いを抑制して、常備の殺虫剤をソーッと手にとり、「ィヤァアアアーッ!!」と裂帛の気合いをこめてソ奴らに噴霧する。これでもかぁっ!これでもかぁっ!これでもかぁあああっ!!!よし死んだ死んだアハハハ。ハハハハ……フーーーーッ。


大量のアドレナリン放出のせいか、そうだこれは何か根本的に駆除する方法を調べなければ!と狂信的な切迫感を感じたので慌ててデスクに向かいコンピュータを起動。グーグル(原稿だけでなく生活にも役に立つのね)検索してみる。おっ。見つかった。


「ゴキブリ駆除教本」


なんともプロっぽいサイトである。いや事実、米国のプロが書いた駆除のための教科書、の完全日本語訳ならしい。その記述たるや、まるで軍事マニュアル。敵の生態を知り、種類を見分け、トラップを仕掛けて敵の数や棲息箇所を分析し、毒殺するのみならず、兵糧を断ち、侵入経路を潰し、隠れ家を廃棄し、二度と繁殖しないよう敵の生存の可能性を一つ一つ潰していく。これはまさしく戦争だ。軍事教程で習得するゲリラ殲滅の手順もおそらくこのようなものではないかと思わせる科学的かつ論理的な「追い込み方」は「敵」からすれば脅威そのものだろうが、相手を絶滅させることしか頭にない恐怖に追いつめられた最前線の兵士にとってこれほど心強い助けはなかろう。なんともアメリカ的にプラグマティックな「マニュアル」ではある。


ところで、トップページからしてアニメーションで足をカサカサ動かすリアルなゴキブリの画像が迎えてくれて卒倒しそうになるこの教本(怖いもの見たさで全部読んでしまったけれども、退治のためだろうが何だろうがもう一度みる勇気は僕にはない)文中のトラップ…いやリンクをクリックすると、あの嫌らしい昆虫の様々なナマ写真があなたのデスクトップに展開されるので、ゴキブリは見るのも本当に苦手という方はこのサイト、決して開かないで下さいね。あ、ひょっとしてもう遅すぎました…?