ハサミを持って突っ走る

WONO2005-01-18


「ハサミを持って突っ走る」
オーガステン・バロウズ


先輩教授の青野聰さんがアメリカの小説を訳したと聞いたので、さっそく入手。(なにしろ、飲酒者の聖典『町でいちばんの美女』(ブコウスキー)の翻訳者ですからね! 青野さんが在任していたのは、多摩美に勤めて実はいちばん驚いた事の一つだった。いやはや奥の深い…いや幅の広い学校です)登場人物がじゃんじゃん出てきて名前とキャラクターをおぼえるのがかったるいなあ…なあんて難しい顔して読んでたのは最初の数ページで、あとは登場人物のいいかげんさな行動にニヤつき、風変わりな展開に笑い、数時間で一気に読了。


ゲイ少年の成長物語。


と一言で言ってしまうと身もふたもないので(笑)別の言い方をするなら、一人として正常(ノーマル)な人間がいない、という意味で実に正常(リアル)な世界に暮らす少年のお話。映画「アメリカン・ビューティ」みたいなアメリカの「狂った“普通の家庭”」像を反転させ、「普通の“狂った家庭”」の話として妙に爽やかな印象が残る。ちょっとタッチは違うけど「ホテル・ニューハンプシャー」などの「エキセントリックなホームドラマ形式で、実は一種のファンタジー小説」というの系譜の最新バージョンとも言えるかもしれない。アンチクライマックス。解決はしません。そこが、いい。


訳文で、たとえば「ぼくはこう言った。『俺はさ…』」というように人称代名詞を意図的に操作している部分も面白い。それが単なる文言の工夫にとどまらず、アイデンティティの不安定な少年の気持ちの「空気」をじわじわと読者に伝える機能を果たしているあたり。さすがです。


しかしこの小説がニューヨークで大ベストセラーになっているというのも興味深い話だ。同じ若い男の成長物語でも、日本のベストラー「電車男」のあの異常なまでの「普通さ」と比べると、これはやはり、まるで別の惑星のストーリーとしか言いようがない。