僕はモテる!

WONO2007-07-31



メルセデスだのイヴサンローランだのといったいわゆる「一流」ブランドのCMには、現実的な利点というものが一切出てこない。いや、出す必要がないと言うべきか。


二流自動車メーカーのCMが居住性の良さやラゲッジルームの広さを、二流化粧品会社のCMが美白やアンチエイジングといった効能を、早口のナレーションと画面に溢れるテロップでうるさいほど訴えかけてくるのとは対照的に、「一流」ブランドのCMはあくまで寡黙で控え目だ。優雅に洗練された語り口で、ため息が出るほど洒落た光景を見せつけてくれる。


結局、消費者が買うのは商品という「物体」そのものではなく、商品というイメージ、その商品を獲得した消費者自身の人生というイメージなのだ。イメージは「付加価値」ではない。イメージこそが商品の「価値」そのものなのだ…


…なあんて80年代の消費社会記号論みたいな事を今さら書いたのは、いわゆる「一流ブランド」とは全く違う角度から、しかしほとんど偏執狂と言って良いほどしつこく、くりかえし同一の「イメージ」を発信し続けている、あるブランドの話をしたいからだ。


そのブランドは今年の3月から日本でも販売が始まった「AXE」!
(アックス。UKなどでは同じ製品が「LYNX」名義で販売されている)


このAXEまたはLYNX(以後AXEに統一)のCMは、長年にわたって常に全く同じプロットで作られている。要するに「男がAXEを体に吹きつけると無条件に女(たち)がすり寄って来てモテモテ」という単純な話。これを「AXE効果」と名づけ、あれでもかこれでもかと様々なパターンで見せつけるわけだ。たとえばこんな感じ。


http://jp.youtube.com/watch?v=FKivF5Lw-QE
(山野を、海を、疾走する大量の女たち。そのわけは…)
http://jp.youtube.com/watch?v=8mdKPfRWxWk
(裸の男女が少しずつ服を拾い集めていく。そのわけは…)
http://jp.youtube.com/watch?v=K3KLw11_RWU
(なぜか女たちが男に都合の良い事ばかり言ってくれる。そのわけは…)


確信犯的な馬鹿度の高さが素晴らしい。まさかとは思うけどこれを性差別と批判する人がいたら逆に笑われるよね。日本のサイトも基本的には同じロジックで作られていて、たとえばこういう偽ニュースがあったりします
http://www.axeeffect.jp/news/index.html



これらのキャンペーンが秀逸なのは、「本当に女が寄って来るなんてありえないって事ぐらいわかりますよね?」というメッセージによって、CMの作り手と受け手が笑いの共犯関係を結んでいる点。


最初に書いた通り、消費者は商品の物理的効能そのものではなく、あくまで「イメージ」の価値にお金を払う。AXEの顧客が買うのは「この商品でモテる」という効能ではもちろんなく、「この商品でモテる俺」という単純なイメージでもなく、「そういった『メタCM的なユーモア』がわかる俺」というワンランク上のイメージだ。


つまりターゲットは、週刊誌の裏表紙とかによくある「このパワーストーンを身につけたら急に金が儲かってモテモテになっちゃった」的な怪しすぎる通販グッズを、むしろネタとして笑えるタイプの消費者ということか。「…んなわけないよね!」なんて笑いながら商品を買い物カゴに放り込むその時、しかし彼の目は笑ってなかったりして。


さらに公式サイトによると、最近ではハードなダイエットメニューまで始まったようです。その名も「AXERCISE」(笑)
http://www.axeeffect.jp/axercise/index.html


インストラクターが吹き替え特有のアクセントで「さあ自分を信じて!」とか「さあ繰り返して!『僕はモテる!』『僕はモテる!』」とか、こちらを励ましながら動き続けるこの映像が何のパロディか、言うまでもありませんね。


まあ大体、あの「ビリーズ・ブート・キャンプ」自体が軍隊のパロディなわけですよね。「声を出して自分を励ませ!」とか「自分を変えろ!未来の扉を開くんだ」とかいった自己啓発セミナーの筋肉版みたいなヌルい台詞、本物のブートキャンプ(新兵訓練所)じゃありえないんだろうなー。


インストラクターがビリーじゃなくて『フルメタル・ジャケット』の鬼教官ハートマン軍曹あたりだったら「口でクソたれる前と後に『サー』と言え!分かったかウジ虫ども!」とか「おまえの顔を見たら嫌になる!現代美術の醜さだ!名前はデブか?」とか「じじいのファックの方がまだ気合いが入ってる!」とかズーーーーッと罵倒し続けてくれて、それはそれでM度の高いダイエッターにはたまらないものがあるかもしれない。


しかし今の日本で「ビリーズ・ブート・キャンプ」が流行するのは、こうした「強い上官」にバキバキ命令される快感を欲している人がどんどん増えている証拠だったりして。石原都知事とか小泉前首相みたいな、とりあえずノリでズバーンと言ってくれる政治家が、発言の中身や実際の業績にどれだけ問題があろうと一向に人気が落ちないのも、「強い上官」シンドロームの表れではないのか。例の赤城農相なんかも、バンソーコーについて質問した記者を「アホ相手に質問するのは俺の役だ!分かったか、ウジ虫ども!」と一喝すれば良かった。そんなわけないか。


政治の話はともかく(これが政治の話であるかどうかはもっと『ともかく』)ダイエット史的には「ビリーズ・ブート・キャンプ」の特徴はサウンド面に強く表れている気がする。


有酸素運動によるエクササイズ理論から始まったエアロビクスは、80年代にジェーン・フォンダのワークアウトとして最初のブームになったわけだが、音楽的にはいわゆるディスコ・サウンド。有名どころではカントリー歌手オリビア・ニュートン・ジョンがレオタードで踊ってリスナーのド肝を抜いた『フィジカル』とか。


その後のフィットネス・シーンでも、基本的にはこの「ディスコ/4つ打ち」路線がBGMの主流だった。90年代以降は曲調がトランス系に移行し、曲テンポもどんどん速くなってきていたものの、ドンドンドンドンと等間隔で刻み続けるバスドラムメトロノーム代わりにダンスする、基本的なフォーマットに変化はなかった。


一方「ビリーズ・ブート・キャンプ」ではもはやバスドラは4つ打ちではない。曲は明らかにドラムンベース/ブロークンビーツ以降のアッパーなサウンドディスコサウンドの延長線上にあるそれまでのトランスに対して、劇的なまでに速い。おかげでエクササイズの動作自体が、まるで早送り映像のように速く感じられる。さてはダンス映画『RIZE』などもこれの伏線だったかと思わされるこの異様な速度感は、デジタルムービー以降のタイムコンプレッション感覚というか、ポッドキャスティングYOU TUBE時代の映像ストリーミング感覚というか、マゾヒスティックな時間軸上のボンデージ感覚というか、明らかに20世紀のエクササイズとは違う神経症的な高速身体感覚なのであーーるーーーーーー!!!!!!!!!!


…いかんいかん何を言っているのかわからなくなってきた。妄想にしてもAXEの話から飛びすぎたか。結論はなし!今日はここまでにしておく。わかったか!ウジ虫ども!