貯金パソコン


人間というものは一度スピードに慣れてしまうと、今まではなんでもなかった時間が妙に長く感じられたり、待ちきれなくなったりしてしまうものだ。


エレベータのドアが閉まるまでのわずかな時間が待てなくて「閉」ボタンを押してしまうアナタや、DVD映画を観るとき操作が無効だとわかっていても著作権法の但し書きだのライオンや自由の女神や地球などの映画会社ロゴだのが出ている間じゅうリモコンのスキップボタンを押し続けてしまうアナタなら、この気持ちわかっていただけるのではあるまいか。


だがコンピュータの起動時間に関して言えば、昔に比べてかなり速くなった気はする。


数年前までは、ライヴ演奏中にソフトがフリーズして冷汗かきつつ再起動…みたいな事故がけっこうあったので、あらかじめ再起動時間を計測しておいたりしたものだ。再起動からソフト立ち上げ現状復帰まで3分ぐらいかかった。これじゃ怖くてライヴに使えないぞ(と言いつつ、ライヴのたびに内心で天に祈りながら使っていた… 今だから言うが初期の明和電機のライヴとかね)


まあイノベーションというのは凄いもので、今使っているMacBookなんかだと、かなり速い。トイレに立つ暇もコーヒーをいれる時間もないから、逆に休憩をとりにくいという説もある。


しかし、いまだにけっこう時間のかかるのがCDやDVDのローディング。ディスクスロットに差し込んでからキーカタカタ、シュルルル…と円盤がどうやら回転し始めるまで、微妙に待たされる。あれがどうもかったるい。


先日もCDをMacBookのスロットに差し込んだところ、カタカタカタ…といつまでも何か音がし続けている。ずいぶん手間取るな?と思いつつ、なすすべもなくポカンと口を開けて画面を見つめていたら、ジー、カチャッ!と爽やかな音を立ててディスクが排出されてしまった。「またそういう冗談を平気でやる」と入れてみるが、またしてもむやみに長いカタカタ時間の後、ジーカチャとCDは吐き出されてしまう。


あれ?このディスク何か汚れてたかな?とレーザー面にふうふう息吹きかけて拭いてみても同じ結果。さてはこれがCD-Rだから、何かエラー起こしたのか?と別の市販CD入れても同じ結果。システム自体はドライヴを認識してるか?とか、ドライヴ内のレンズ汚れか?とか、さんざん原因を追求したあげく、これはやはりハード不良か、また修理かよ、とほほほほ…とあきらめかけた時、たまたま傾けた筐体の内部から「カラリ」と音がした。


ん?


中に何か、いる… いや、ある…?


ある日とつぜん音が出なくなったオーディオ・アンプの筐体を開けてみたら中にゴキブリの死骸がごっそり詰まっていた…なんて都市伝説を思い出しつつ(あながち伝説でもないらしいですぜ、冬でも温かいアンプ類ってのは虫や鼠の隠れ家に最適らしいから。大丈夫ですかアナタのオーディオ?)先を少し曲げた針金をスロットに差し込む。内部の構造を脳裏に想像しながら、指先の微妙な感覚でスロットの内側を探っていく。老獪な金庫破りの爺さん、みたいなセルフイメージで。


そしたら「カラン」と音を立てて、出てきました。
なんと10円玉3枚と5円玉1枚。


「ヒャッホーッ!35円の儲け!」と小踊りして喜んだ。…はずはなくて、「はあ…これが原因ですか」と脱力してしまった。そりゃCDも動作しないはずだわな。はたして、硬貨を取り除いた後で入れてみたらあっさりと読み込む事ができた。こういう時アメリカ人なら「マニュアルに、スロットに金を入れるなとは書いてなかったぞ!」なんつって訴訟でも起こすのかもね。


しかし、それにしてもなぜパソコンの中に現金が…?
硬貨をつまみ上げて悩んでいる時、リビングルームの方から「カラン」と硬貨の音がした。


ん?


部屋に行ってみると、そこでは2歳の息子が実になんとも嬉しそうな顔をして、どこから集めてきたのか小銭を握りしめ、1枚また1枚とDVDデッキのディスクトレイに無理矢理押し込んでは、キャッキャッ喜んでいる姿があった。