インサイダー


今日の映像論は『インサイダー』。


タバコ会社の不正を暴いた内部告発者、という実話に基づく映画である。CBSとかB&Wといった実際の社名がバンバン出てきて、最初観た時は「うわー、いいのかなー」と驚いた記憶がある。ほら日本の小説なんかだと「毎朝新聞」とか「湾岸署」とか、一応架空の名前を使うじゃないスか。


ともあれ、冷酷な大企業に一匹狼が挑む…という筋書きはアメリカ人の心のツボ(カウボーイ・スピリット)にぴったりくるのか、これまでもたくさんの映画があるようだ。パッと思い出すところでは、自動車会社の不正をジーン・ハックマン演じる弱小弁護士が告発する『訴訟』ってのがありました。最近は『エンロン』とか『ザ・コーポレーション』とか、企業の社会責任を問う映画も多い。


日本の現状をみても、食品、薬品、福祉、建築、そして役所…と、最近は毎日のようにあらゆる分野で「会社の悪事」が暴かれている印象がある。これはしかし、当たり前だけど、日本中の会社がいきなり悪事を始めたわけではなくて、昭和の昔から会社ってのは利益追求のために何でもする組織だったんでしょう(わかりやすい例が公害)。それでも従業員が「会社=親方」「会社=家族」みたいな幻想にしがみついていられた時代は、「内部告発なんかしたら他の社員のみんなに迷惑がかかる…」っていう「思いやり」で口をつぐんでいたんだろうけど。終身雇用も帰属意識も崩れた現代では、もはやそうした「縛り」が効かなくなったってだけの話なのではないか。


えーと映画の話に戻ろう。本作が上手いのは、タバコ会社の違法行為を内部告発する男こそがタイトルロールの「インサイダー」なのだと思って観ていると、彼をサポートしていたTVプロデューサーが自分の会社であるTV局の圧力を受けるハメになり、今度はこのプロデューサーが「インサイダー」として会社との孤独な戦いを開始する…という後半の展開。うさん臭さと正義感を合わせ持つ左翼系業界人という役所が、老けたアル・パチーノに実にぴったり。渋い!っていうか、ハードボイルドだどぉ!( (C)内藤陳 )← 誰も知らないか


そしてこの映画の教訓は「組織に属する人間にとっての最大のリスクヘッジは、組織外に友人知人ネットワークをたくさん持っておくこと」。なにしろ主人公のピンチを救うのは、警察や新聞社など他の組織の「インサイダー」な友人たちなのだ。


ま、仮に当方が勤務先の大学で何か恐ろしい不正を発見したとしても、逆訴訟を起こされたり脅迫されたり妻に愛想つかされたりするリスクをおかしてまで告発する正義感などビタ一文(誤用)持ち合わせていないのは確かだけど。組織に関係なく個人的ネットワークを大事にするスタンスだけは無くしたくないものです。