ティ・フォー・トゥー物語

WONO2007-01-23



1923年はハーレムにコットン・クラブが開店した。
ダンス・マラソンで90時間10分の記録に挑戦した男が、87時間で昏倒して死亡。





ティ・フォー・トゥー物語 
―アメリカ・ポピュラー音楽への遊歩道
(村尾陸男, 中央アート出版社, 2001)


ジャズ・スタンダードとして名高く、これまで無数にカバーされてきた名曲『Tea For Two (二人でお茶を) 』。(余談だが、実は当方もかつて『キリン一番搾りビール』CMのため、この曲を何種類にもアレンジした経験がある) 本書はこの曲が成立した状況や背景、そしてその後どのようにこの曲の演奏スタイルが変遷していったかを、社会文化史と音楽理論の両面から丁寧に追いかける。


ジャズ様式の変遷を解説する本は多々あるが、本書では『Tea For Two』1曲に的を絞り、言わば定点観測的手法をとったのが功を奏している。時代や演奏者によって変化していったコード進行の具体例によって、ミュージカル劇場で生まれたポピュラー歌謡がどうやってモダンジャズに変化していったか明らかになる仕組みだ。その音源CDも付録についているので、とりわけジャズ理論の学習者にはケース・スタディとしても有益なはず。


とは言え、「ジャズ本」としてではなく、あえて「ダンス・ミュージックの文献」として本書をとりあげたのは、合衆国におけるダンス音楽成立前後の様々なエピソードが、本書第1部にたっぷりと描かれているからだ。


ボリュームにして本書の半分以上を占めるこの部分には、自動ピアノ、レコード、ラジオなどの新しいテクノロジーによって音楽が「大衆化」していった様子、すなわち「ポピュラー音楽」の成立と、それに呼応して高まっていった20世紀初頭「ダンス・クレイズ (ダンス熱)」が活写されている。ちょっとしたウンチク的エピソードも豊富なので、当時の音楽と大衆の「ノリ」を想像するのも楽しい。


個人的には、アフリカ大陸からアメリカ大陸に奴隷が売買された際、東西アフリカのどの部族がどの国に移動させられたかによってジャズ、ルンバ、サンバといった音楽の違いが生まれていった (p.101) という記述が興味深かった。


カソリック系が支配者であった南米諸国では許可された太鼓 (ドラム) が、プロテスタント系の北米では禁止された。その結果としてジャズは、アフリカ起源の音楽の中でもリズム要素の最も希薄な音楽となったのだ。という著者の観点は、よく言われる「ジャズという黒人音楽はそれまでにない激しいリズムの音楽として白人たちに衝撃を与えた…」という粗雑な解釈から、より高次の分析をめざすヒントにもなるだろう。


また、ワルツやポルカのようなヨーロッパ産のダンスや音楽と、ラグタイム現象(ジャズとダンスの大流行)の最も大きな違いは、新しい概念=身体感覚としての「シンコペーション」にある。さらに言えば、それは文化のあらゆる領域で20世紀初頭に発生した「アメリカ的なもの」の一つなのだ (p.80) …といった主張は、現場を体感してきたジャズ・ピアニストの著者ならでは。後半の『Tea For Two』楽曲分析が、音楽理論によってこの主張を補強している。


つまり、これは「名曲の誕生秘話」として文化史を描いた本ではなく、「アメリカ音楽・ポピュラー音楽・ダンス音楽とは何なのか」という大きな問題を、ある1曲のスタンダード・ナンバーによって検証する本なのではないか。当方はそのように受け止めた。

第1部 アメリカ・ポピュラー音楽の夜明け
01 スティーヴン・フォスター
02 ジュビリィ・シンガーズ
03 ミンストレル、ケイクウォーク、ラグタイム
04 ヴォードヴィルとミュージカル
05 レコード
06 シート・ミュージック
07 ラジオ
08 自動ピアノ
09 ダンス
10 ブルース、ジャズ
11 黒人音楽とジャズ・エイジ


第2部【ティ・フォー・トゥー】の誕生
12 ヴィンセント・ユーマンズ
13 ヴィクター・ハーバート
14 シンデレラ時代
15 【ノー・ノー・ナネット】


第3部【ティ・フォー・トゥー】の変遷
16【ティ・フォー・トゥー】
17 ポップ・ソングと劇場歌
18 アート・テイタム
19 バド・パウエル
20 セロニアス・モンク
21 アニタ・オデイ
22 ユーマンズのその後〜エピローグ