アメリカ音楽の誕生

WONO2007-01-16




イリノイ自警協会によると、病的で、神経を苛立たせ、
性的欲求を高揚するジャズ・オーケストラの音楽ゆえに、
何百という少女たちに道徳的な危機が訪れているという。
[略]
大都会のみならず小さな街でも、貧乏な家庭でも、
裕福な家庭でも、少女たちは、最近のダンスの伴奏をつとめる
この奇怪で、陰険で、神経症的な音楽の犠牲になっている
ー 1922年、ニューヨーク・アメリカン紙の記事より




「アメリカ音楽」の誕生 社会・文化変容の中で
奥田恵二, 河出書房, 2005年


大衆音楽や芸術音楽といったジャンルを横断し、建国から現代に至るアメリカ音楽の歴史を総括する骨太な一冊。


著者の専門がクラシックのせいか、ロック以降のポップ音楽、とりわけ現代のダンスミュージックについてはさほど言及されていない。しかし実際のところポップスとしてのアメリカ音楽については、既に多くの文献がある。それよりもここでは、建国前後からジャズ誕生に至る「創世期のアメリカ音楽事情」が、アカデミズムと大衆芸能の両面から語られているところが値打ちだ。


いや「両面から」というよりも、そもそもこの国では、建国当初からポップもアートも渾然一体となって展開せざるをえなかった。それらをドライヴさせたのは「お金」。アメリカ音楽の歴史をふりかえることはすなわち、宗教や貴族の厳格な階級社会から逃れて開始されたアメリカ社会が、金儲けや蓄財を神の恩寵と解釈するピューリタニズムを根拠として、熾烈な資本主義「階級」国家へとオーバードライヴしていった様子を描写することでもある。

01 アメリカ先住民たちの音楽
02 植民時代の音楽―一七世紀初頭から一八世紀末期まで
03 一八世紀の世俗音楽
04 民衆の中に広まった音楽
05 庶民化されたクラシック伝統
06 背伸びの時代
07 ブルーズ―ラグタイム―ジャズ
08 学問づいた音楽と一般向きの音楽
09 ポピュラー音楽の世界
10 チャールズ・アイヴズ/アーロン・コープランド
11 ポピュラー音楽の流れ―その後
12 クラシック音楽の行方


ダンスに関しても、白人開拓民のキャンプ・ミーティングや、黒人奴隷の歌や踊りが寄席演芸に収斂していった様子など、有益な情報は多い。中でも第1章でふれられている先住民の話に興味をひかれた。


19世紀末、ネイティヴアメリカンの間に広まった「ゴースト・ダンス」。抑圧者たちはいずれ消えて自分たちの世界が復活するだろう…という予言に基づき、反復するリズムや輪舞によってトランス状態に入るというダンス=儀式。その盛り上がりぶりに危機感を持った白人たちは、銃弾による虐殺でこのダンスを消滅させた…


同じ被抑圧民族の音楽を起源としながらも西洋古典音楽と融合してオーバーグラウンドなカルチャーにのし上がっていった「ジャズ」とは異なり、ついに「融合」せず消滅していった音楽。


しかしゴースト・ダンスにおける「野外における集団トランス」という特徴はその後、サボテンによるトリップを試みる汎部族的カルト「ペイヨーテ」を経て、サイケデリック・カルチャーにまで引き継がれていったというから面白い。ジャズとはまた違った回路で、被抑圧者のダンス&ミュージック衝動はしっかりと生き残り、再生し続けているということか。