ライヴの夜

旅は弛緩した日常へのカンフル剤だ。1人旅だとなおさら。全身のセンサーが安穏な日常とは違った作動を始めるのがわかる。日々のくらしの中ではわかりきった記号として処理している行為のあれこれが、あらためて新鮮かつ緊張感あふれる体験として立ち上がってくる。見慣れぬ風景、ききとれない言葉、読み取れない状況の中、「はじめてのおつかい」状態で右往左往する感覚は、子どもの頃に三輪車こいでたら知らない街角に出てしまった夕暮れ時のあの薄暗い心持ちにどこか似て懐かしい。


チェコ語は結局、何回教わっても発音できなかった。おぼえたのは「ドブリー・デン(こんにちは)」と「ジェクユ(ありがとう)」それに「カヴァ(コーヒー)」と「ピヴォ(ビール)」ぐらいだ。デパートの売場案内も、停留所の表示も、レストランのメニューも、全く読めない。意味がわからない。ここまでわからないとむしろ痛快。


さてライヴ。


今回のフェスティヴルの主旨は、「アルテルナティヴ」(オルタナティヴ)と銘打つだけあって、ロックからノイズから当方のようなエレクトロニカまで要は何でもありってところだ。それが9日間も続く。当方が出演するのは、そのうちの「ジャパン・デイ」とでも言うべき一夜。このフェスを主催する「ユニジャズ」グループの中心人物チェスタことチェストミルさん(写真右)は白髪白髭、50代の実に愛想の良いおじさん。しかし共産政権の時代にはロックコンサートを開いたかどで投獄されていたというから筋金入りのオルタナティヴ=反体制な知識人なのだな。プラハに歴史あり…。



で、そうは言っても全体の雰囲気ぐらいつかんでおこうと思って、自分の出演日前夜の公演も観に行った。出演は、コンピュータのアンビエントなドローンに合わせてチェロ2人が延々と即興する、言っちゃなんだがちょっと古いタイプのセットが1組。それからエリック・ロスさんのパフォーマンス。これはかなりキてた。


以前のんちゅ(明和電機社長)もしみじみ語っていたことがあるけれど「人間、年をとると絵になる」これって真実。頭の薄い痩せた老人がスーツを着てギターを肩にかけステージに立ち、テルミンでギュワワーーーーンと1発。すかさずギターをギョワワーンとかき鳴らしてはトレモロアームをクイーンを動かす。その余韻が消える前にグランドピアノを左手でポロポロポロン、その上に2段重ねにしたキーボードを右手でガキョガギョーンと適当にひっぱたく、すかさず横に置いた発振器らしき小箱をクリック、するとピヨヨヨーーーンとトンマな電子音が鳴り響く……といった案配で、とにかくやたら忙しいんだ。やる事が。手数多すぎ。しかもこれが全部とてつもない轟音(客席では大半の人が耳を手で覆っていた)。こんなパンクな事を飄々とした老人がやってるっていうのが、実にかっこいい。しかも90分ずーっと。体力ありすぎ!当方も加齢と共にワビサビ方向に行かないよう自戒したいものである。


その影響か、はたまた対バンとなった「ドラびでお」さんの豪快なパフォーマンスにヤラれたせいか、当方のプレイはBPM速めのものが中心となった。フロアからは1曲終わるたびに「イェイ!」と拍手が上がるもので、ついつい加速して「だったらこっちの曲でどうだい!」とアゲ系に走ってしまったのだが、後ほどステージを降りたらあたりには焦げ臭い葉っぱの匂いが漂いまくり(笑)おいおいそんならそうと言ってくれよ!もっとダビーなチル系の音でトバしてやったのになー。といらぬサービス精神を後から発揮する当方であった。


ともあれ今回は、来年発表予定のニューアルバムの曲を中心にプレイしたので、自分としてはテストというか、「リリース前の音源をCDRで回してフロアの反応をみるDJ」的な心境もあったので、その目的は達成できた。実際、オーディエンスの反応を受けながらステージで演ってみると「この曲はベースが音圧出すぎてるな」とか「ここはもう4小節長くしよう」とか「この部分はバッサリとカットするか」とか、いろいろ見えてくる。孤独に作曲しながらプレイバックしていた時とは違った感覚で楽曲を吟味することができる。音楽はやはり聴き手がいてナンボのもんだと思っているので。


しかし「ドラびでお」さんのアクトを生で観るのは初めてだったけど、これは万国共通、ウケるはずだわ。コンピュータ・プログラミングという「見えない」テクノロジーを、あらゆる楽器の中でたぶん最も「見えやすい」ドラムという楽器でトリガーする発想が最高だ。要するに「殴り芸」。ブッシュが何かえらそうに演説してる映像も、シンバル一発バシャーンと殴ると、パコーンと砕け散る。タムをドコドコ叩くと、金正日の映像がキュキュキュと滑稽なタイミングでループする。小泉純一郎も、勝新太郎も、イ・パクサマツケンサンバ北朝鮮マスゲーム赤穂浪士の時代劇もKISSのステージ映像もYMOもギターもピアノの鍵盤もパールハーバーも教育改革も何でもかんでもスティックの一振りでチャラにされるその爽快さは、映画『スキャナーズ』の超能力で脳天がチュドーンと吹っ飛ぶシーン、あれが音楽と同期して延々とくり広げられるようなものだと思えば良い。クソまじめにつまらない事しゃべってる学級委員長の頭を後ろから金だらいでパコーンと叩くようなヌケの良さ。ロック魂のかけらもない当方をして「これぞロック!」と言わしめる、男汁あふれるパフォーマンスに、完全に持ってかれましたーッッッッッッッ!!!!!!


そんなこんなで盛り上がりのうちにイベントは終了。出演した日本人3人で会場併設のバーにて1杯だけビールを飲み、「演奏、良かった!ビールおごらせろ!」と完全にキマっちゃった若者がからんできたのを潮時に、ホテルに引き上げる。時差の案配か、どうも12時を回ると眠くてたまらないのだ。翌朝は8時にホテルを出て空港という厳しいスケジュールでもあるし、とりあえず寝るか。10年前だったらこのままどこかクラブを探して朝まで踊りに行ったと思うけれど。残念ながら当方、エリック・ロス翁ほどの体力はないようで…