レコード・バイヤーズ・ダイアリー

WONO2006-09-01


旧知の編集者 山口さんから「最近こんな本つくりました」と一冊の本が送られてきた。著者はミズモトアキラさん&内門洋さん。高円寺マニュアルオブエラーズレコード&京都ジェットセットレコードという東西のユニークなレコ屋で店長を務めた面々だという。実は当方も、この2つのレコードショップには、ある時期たいへんお世話になった記憶がある。


マニュアルオブエラーズ(以下マニュエラ)は、コラージュ音楽を始めた頃、珍奇な音盤を発掘しに通った。なにしろ棚の仕分けがイイ。ヤル気のない店なら「ロック」とか「モダンジャズ」とか大ざっぱに書かれているものだが、ここでは「スピーチ」「世界の大事故」「脱力系」など、他所ではみられない珍妙なカテゴリーに分けられている。一時流行語にすらなった「モンド系」なんて言葉も、日本で最初に使ったのはこの店だったはず。


一方、ジェットセットは、古今東西のシャレた音楽を大野雄二テイストという価値観で強引にマッシュアップする「ルパンナイト」なるDJイベントを当方が主催していた頃、まさにドンピシャな音源供給場所として、京都に行くたびに利用させていただいた。ブラジル音楽やラテンなどのイナタい音から、ハウスやエレクトロニカ、時にはシュトックハウゼンまで並ぶ間口の広さは、とかく時間のない旅行中のディグに最適で。その頃始まりつつあった「カフェブーム」をそのままレコ屋として表現してみせたような、ミッドセンチュリーを感じさせるインテリアも好感度大。


で、どちらのお店も、特有の強力なフィルター、言葉をかえれば「見立て」が最大の特徴だ。どこかの中小企業がノベルティで作った社歌だの、子どものための教材レコードだの、スタンダップコメディの実況録音だのといった、洋の東西を問わず古本屋の店先に1枚100円と書かれた段ボール箱で乱暴に放り出されているたぐいのレコードが、「レッツ・スタディ」だの「業務用」だのといったジャンルに強引に仕分けされることで妙に魅力的な商品として光り輝く魔術的空間のマニュエラ。軽い気持ちでラテンハウスを探しに来たクラバーにアルゼンチンロックや和製フュージョンを買わせ、フリーソウルを探しに来た客に2ステップの新譜を買わせてしまうジェットセット。


確固たる信念をもって、この店以外のどこでも出会わなかったであろうディスクたちを一同に集め、客それぞれの漠然と持っていた価値観を(発見の快楽と共に)破壊してみせるその手際は、考古学者や私立探偵や編集者や詐欺師のそれと同質のものだ。マニュエラやジェットセットに代表される「キャラの濃いレコード店」が行っているのは結局、DJという時間芸術をショップという商業空間に配置し直す作業だと言っても良いだろう。ひとことで言えば「批評」だ。



さて本書はこのようなレコ屋、それも主に中古レコードを扱う店が、どこからどうやってブツを集めて経営を成り立たせているのかという舞台裏を、「買いつけ海外出張日記」という体裁で描き出したドキュメントである。行先はLA、シアトル、ラスベガスにデュッセルドルフにロンドン…と、まさに世界をまたにかけた買い付けの旅。キャッチコピーは「掘った!買った!売った!」(笑)


ってなことが書かれた帯をみて、「ああ、好きなレコード探しながら海外旅行、いいじゃん楽しそうじゃん」なんてチラリとでも思った私が悪うございました。と、土下座したくなるほどハードな世界なんだなこれが。仕入れの旅は時間が勝負。中古レコードの利ザヤなんてたかが知れているわけで、赤字を出さないためには短い滞在でひたすら大量のレコードを買い込むのが絶対条件。5日間の買い付けで1000枚とか。1日200枚の、ちゃんと「売れるレコード」を、中古レコード屋や青空セールやバザーや個人商人といったあらゆる場所をスクロールして、ディグしていくわけだから、趣味や酔狂でできる仕事じゃない。早朝から深夜まで食事も満足にとらず、ひたすら開店から閉店まで時計とにらめっこしながらエサ箱(レコード棚)を、掘る、掘る、掘る!


その記録と記憶の微細さたるや、食べたファーストフードの値段から、意地悪な店員の面がまえ、あるはずなのになくなってた店のショック、見つけた稀少盤、がっかりした駄盤、意外な穴場、なぜかやってくる出会いの数々……と、もしアナタが実際にレコードを探して見知らぬ土地をうろついたりエサ箱を堀りまくったりした経験が少しでもあったなら確実にニヤリとできるディティールの数々。レコードを詰める段ボール箱は日本から持って行くのがいちばんだとか。帰国の前日には買った全てのレコードから値札を剥がさなくてはならないのが超たいへんだとか(なぜ通関前に剥がす必要があるのかは本文で読んでください)へええそうなんだあ、とうなづく苦労話の数々。


もっとも、ディスク?そんなもんグーグルで検索かけるとかアマゾンで発注するとか i-tunesでダウンロードすりゃ良いじゃん、と考えるような、デジタル文化に慣れ切った方なら、何が楽しくてそんな苦労すんのかさっぱりわからん、と1ページで読むのを放棄するかもしれない。言わば踏み絵のような書物なのだな、本書は。


筆者によればレコ買いの神髄とは、投げやりな値段をつけられた「値付けをするスタッフの守備範囲と微妙に逸れたレコードたち」に、まぎれこんでいた「穴」を発見して、「なぜ、こんな素晴らしいレコードがこんなところに入ってるんだ!」と「ひとり歓喜に打ち震え、声なき雄叫びをあげる」こと。そして「にやつく表情をできるだけ押し殺し、ありがたく代金を支払う」ことだという。


うーーーむ。まさしく同感! この感覚こそ、バイヤーであろうと一介の客であろうと共通するであろう、レコードハンティングの本質だよね。


もっとも、本書の描き出すこのように痛快な穴ぼこだらけのテラ・インコグニータ(未知の領域)は急速に過去のものとなりつつあるようだ。巻末では、今や中古レコードの値段も在処も全てが透明なデータとしてインターネットで知られ、「穴」などどこにもなくなっていく様子が報告されている。ネット販売やダウンロード利用の増加も、確実に「キャラの濃いレコード店」の経営を圧迫しているという。しかし筆者はこうした状況を必ずしも悲観してはおらず、現在も「レコード買いが楽しくてしょうがない連中」が、たとえば若い世代に増え続けていることをも付け加えてくれている。


ひょっとしたら、1枚もアナログ・レコードを持ってない若い子が、たまたま本書を読んで「レコ買いってなんだか面白そうじゃない?」と目覚めてしまうこともあるかもしれない。そう思わせてくれるほど、レコ買いの魅力(苦労も含めて)が濃密に文章化された1冊。