マッチポンプ

WONO2006-08-23



正直、バージョンアップというものに辟易している。


故障したので新しいハードを買おうと思うと、既に同じ機種は一掃されていて、新製品しか手に入らない。新製品を買うとオペレーティング・システムが最新版になっていて、今まで愛用してたアプリケーションが作動しなくなる。ハードウェアも新しいドライバが必要になる(が、まだ発表されてなかったりする)。コンピュータってのはただの箱なわけで、自分用にカスタマイズして初めて使えるわけだが、そのカスタマイズ作業を一からやり直さなければならない。時にはデータをすべて入力し直したり。原因不明の不具合を徹夜で追求したり(そして結局、原因も解決方法もわからずじまいだったり)。うんざりだ。


と言いつつ、ふりかえってみればこれまでにラップトップ・コンピュータはPowerBook180c、520c、2400c、G3、そしてG4…と数年おきに忠実に買い替え続けている。なんだかんだ言って新製品新機能に依存し、その恩恵を受け続けているのも事実だ。だいいち、これほど性能が上がらなかったら旅先でライヴだのデスクトップでレコーディングだの、今やってる仕事は到底なりたたない。


ともあれ、今回はほとんどのデータをバックアップできていたのが不幸中の幸いだ。ふだん「バックアップ?しないしない。そんなこと考えてたら人間ちっちゃくなっちまわぁ」などと無意味に強がって、バックアップを軽視している当方だが、今回は言わば大地震の前の「余震」が続いていたので、さすがに危機意識を持っていた。


コンピュータがクラッシュする前に数ヶ月前から、しばしばトラックパッドが言うことをきかなくなった。起動するのに異様に長い時間がかかるようになった。キートップが剥がれた(これは単に、ちょっと目を離すとすぐに息子が悪戯して剥がしてしまうため)さらにクラッシュの直前に起動の不具合が始まったため、妻のコンピュータを借りてターゲットモードで立ち上げ、外付けハードディスクに一晩かけて中身を退避させた。その後でリセットしたところ、うんともすんとも言わなくなっちまった、とこういうわけで、中身だけはギリギリ助かったのだ。


そう言えば、これも今にして思えばこの事件を予言していたような気もするが、数週間前に安田寿之さんと打ち合わせした折りにも「バージョンアップやめたいね」って話で意気投合したのだった。新しいハードやソフト、新しいプラグイン、新しい機能……に依存するだけが能じゃないんじゃないかね、って話で。何も進歩や進化を全否定するわけじゃないが、作家としては、プラットフォームが新しくなるのに自分の制作スタイルをいちいち合わせなければいけない、ってのはなにか違うんじゃないかという気持ちがある。


たとえばピアノって楽器が1、2年に1度バージョンアップして、そのたびに「今回から黒鍵の位置が白鍵の手前になりました」とか「今度のピアノでは今までの曲は弾けませんので、対応する新しい楽譜を買って下さい」なんてことになってたら、ピアニストなんて商売、成り立たないでしょう。まあピアノはそう簡単に壊れないから、死ぬまで「うちはバージョンアップいらないんで」と言い張り続ける手もあるか。電子機器は必ず壊れるからなあ。コンピュータはバージョンアップなしで、性能(処理速度とかメモリとか、そういう基本的な部分)だけ、ちこっと向上してくれればそれで良いんだがなあ。


当方のこんな話はただの愚痴だが、安田さんのすごいところは、こうした「進歩への疑問」をちゃんと作品に結びつけているところだ。彼のプロデュースする次のアルバムは、あえてステレオ2チャンネルを使わない「モノラル音源のみ」をテーマにしたコンピレーションCD。5.1サラウンドがこれほど普及し、音質はMP3レベルでも音場はステレオが当たり前、というこの時代にあえて逆行するかのようなこの「モノラル縛り」。発売前のサンプル盤を聴いたけど、それぞれのアーティストが様々なアプローチで挑んでいて、実に面白い結果となっている(当方も1トラック提供してます)。何かを限定すれば、他の何かがそれだけ豊かになる。これは作品表現に限らず、人生の真理の一つかもしれません。


話をコンピュータに戻す。INTEL入りのmacbookでは作動しなくなっちまった旧バージョンのkeynote(もはや授業には不可欠。しかしこれも作動さえすれば旧バージョンのままで困らないのだが…)をなんとかするため、今日の午前中オンラインのアップルストアで「i-work」を購入。同梱の「pages」なんてアプリ、別に必要ないんだけどなぁ。なんてぶつぶつ言いながらポチッと1クリックしたら、なんと同じ今日の夕方、宅配便で到着! いくらなんでも速い、速すぎます。これには心底おどろいたよ。アップルストアおそるべし。……しかし修理もこれぐらい速く終わってくれるなら、マシン買い替えずに済んだんだけどなー。