カワイイ


「カワイイ」は今や欧米で、ユニークでファンキーなジャパンって国を象徴する言葉になっている、なんて報道をよく目にするけれど。時と場合を考えてくれと言いたくなることは多い。


今日も、私鉄電車に乗ってたら車内に貼られた奇妙なステッカーに気づいた。

おもいやりぞーん

と黄色地に大きく書かれた文字。


「重い鎗ゾーン」? いや「"思い"や"リゾーン"」か? なんだリゾーンって? などと乗客が迷うことのないよう、誰がみても携帯電話にしか見えないアイコンに「OFF」と上書きした、その掲示は要するに、優先座席近辺を携帯電話の電源を切るエリアとして指定しているものらしい。


しかし、なぜひらがな…。 特に「ぞーん」という"音引き"の間抜けさはいかがなものか。各車両への配備を決めるにあたってはコンペやらブレストやら上層部へのプレゼンといったものがあったのだと思うが、そういった席では、やはりイイ大人が集まって
「今どき、"思いやりゾーン"ではインパクト不足ですし」
「なにしろバリアフリーなわけですから、ここは"やさしさ"を訴求する方向で」
「いっそ全部ひらがなで」
などと議論を重ねた末、このような表記が採択されたのだろうか。


あらためて車内を見渡すと、これに限らず、どうも幼児的な表示や掲示で満ちあふれていることに気づく。ひらがな、原色、アニメ感、キャラクターといった、いわゆる大人の落ち着きとはおよそ縁遠いものでこの国は埋め尽くされている…なんて今さら当方が指摘するまでもないことだけど、誰も変えようとしないのは、やはり皆さん好きなんだろうなあ、こういう雰囲気そのものが。


たとえばドアの上に貼られた某自動車教習所の宣伝ポスターには、今日びパチンコ屋のキャラクターにしか使われていなそうな妙にツルツルした3DポリゴンCGの恐竜?系キャラクター。キモカワイイ死語)系を狙っているのか…?タグラインはこうだ。

ノリタガリアン大集合!


ノリタガリアン、か…。「オバタリアン」「ジベタリアン」といった死語の系譜をあえて今、踏襲する真意はいったい…? 個人的にはそんなノリタガリアンたちが集まる教習場で習いたくないが…。百歩譲っても、通勤客の心を心底寒からしめるこのようなフレーズは、クールビズ(死語)の季節にこそ掲示していただきたい。


ま、電車に限らずなんでもかんでも親しみやすいキャラクターを使うという風潮にどうもなじめないのは、当方が精神的に老化した証拠にすぎないのかもしれない。


これまでも、全面にキティだのムシキングだのがペイントされた某航空会社のジャンボジェットを見た時には、そのサイケデリック全開なビジュアルに「やだなコクピットで乗務員みんなで○○○でもキメてこんなおとぎの国にイッちゃってたら…」と航行への不安を感じたり、いまや「三菱東京UFJ銀行」というほとんど「首都大学東京」のような違和感たっぷりのネーミング(あれってなんで『東京首都大学』とか『首都東京大学』じゃなくて「首都大学東京」なんですかね。これはもう『三菱東京銀行UFJ』とかのネーミングもありってことか?『美術大学多摩』とか)に変更してしまった三菱銀行で口座を作った時には、キャッシュカードや通帳にミッキーだのドナルドといったキャラクターがちりばめられていて、おいおい本当にカネ預けて大丈夫なんだろうな、まさか払い戻しは「こども銀行券」だったりしないだろうなとダークな気持ちになったりしたのは、当方だけではあるまい(当方だけか)


電車に話を戻すと、最もガツンときたアイテムは、ドアに貼られた丸いステッカーだった(上のビジュアル参照)

ゆびをはさまれるよ!

あぶない!

ドアからはなれてね!


とたたみかける文章。電車にはさまれて負傷したらしく、腕に包帯をまいたキティちゃんのイラストが恐ろしい(余談だが大阪の地下鉄にはかつて「ゆびつめ注意」というこれまた恐ろしいコピーがあったっけ…)


けれど、わあキティちゃんだあ、なんかカワイイから大丈夫だあ、と妙にのどかな気持ちになっちゃうから不思議だよね。


あ、そうか、キャラってこんなふうに気持ちをやわらかくしてくれる効果があるんだね。ゆびをはさまれるよ!と言われれば、あっそうかごめんごめん、なんて、手指を複雑骨折しちゃったりしていても、にこにこ笑っていられそうな心のゆとり。カワイイものでフォローすれば、たいていのことは大丈夫な気がしてくるぞ。高速道路では「くるまがぶつかるよ! そくどをおとしてね!」とか。肉屋さんでは「のうがこわれるよ! せぼねをたべないでね!」とか。他にも「かぶかをそうさしないでね!」とか「てっきんをぬかないでね!」とか「よげんしゃのえをかかないでね!」とか、世の中のたいていのことはカワイイキャラクターで解決できるよね。世界おもいやりぞーん化計画。最高です!