監督不行届

朝7時に家を出て大学に向かう。入学試験学科問題の監督業務。入試に関する話は守秘義務があって基本的にしてはいけないんだけど、さしさわりのない範囲でご報告。


入試と言えば大事(おおごと)には違いない。すわ裏口入学! 不正! 巨額の裏金! なんちて、スキャンダルになりかねない疑惑の温床(あまりに週刊誌的発想か)そして受験生にとっては人生を左右する一世一代のイベント。とは言え、こちらとしては毎年粛々とこなさなきゃならない一つの「行事」にすぎないんだよねー。自分だってはるか昔、受験生だった頃は緊張しまくってたくせにね。


立場が変わると物の見方ってずいぶん違うもんだ。歩いてる時は「狭い道飛ばしやがってクルマのヤツ」と苦々しく思ってるくせに運転手になると途端に「どけどけ歩行者!たらたら歩いてるんじゃねぇよ!」と同一人物と思えないほど人格が豹変したりしてません?アナタも。


「ここでしくじったら1年を棒に振っちまう! 我が人生最大のピンチ!ここが正念場!四面楚歌!呉越同舟!阿鼻叫喚!(以下略)」とコメカミに血管浮くほど思い詰めた緊張感×人数分の冷汗とアドレナリンが化合し、酸っぱい臭気と湿度が充満する会場の空気。一方では「朝っぱらから眠いなー、試験場ではとりあえずカンニングだけはしてくれるなよ、トイレ行きたいなんて言い出す子がいないといいけどなー(以下略)」程度のノンキなスタンスでボーッと監視を続ける当方の意識。温度差にもほどがある。


音楽業界でもオーディション受ける側と審査する側の温度差ってのは当然あるんだけれど(一応、過去に新人女子ボーカルのプロデュース業務など行った経験をふまえて言えば)そちらは新人発掘=ビジネス=ゼニ勘定といったシビアな場なわけで、売り物にならないんなら帰ってもらいまっせ!と審査する側も相当に厳しい目で見ている、言わばバトルの場なわけだ。


一方、大学入試は、「ハイどうぞどうぞ、なんなら皆さん入学しちゃってもらってかまわないんですよ個人的には」ってな気分。これは当方だけじゃないと思うけど。「ハイそこ! 指定以外の用具使ってるから失格!」とか「字が下手だから減点!」とか「目つき悪いから落第!」とか意地悪な目で受験生を見てる監督官なんていないと思いますよ(秘かにそういうサディスティックな性癖の教官がいないと断言はできませんが)。 


人数枠があるから現実問題としては選抜せざるを得ないんだけど、そういった話は学校の事務であって、個々の教員は善意の目で受験生を見守ってるはず。無責任と言えば無責任かもしれないけど。だから我々監督官が机の側を通っただけで「ハッ!何か不都合がございましたでしょうか!?アワワワ…」なんて緊張に満ちた目でこちらを見上げたりしないように(本当にいるんだ、そういうナーバスな子)


ま、実技はまた違うかもしれないけど、少なくとも当方の担当している学科試験の現場は、そんな感じっす。


では監督官が最も苦労するのは何かと言えば、実は試験時間をどうやり過ごすかという事です(笑)。いや建前は鵜の目鷹の目、会場の全てに目を光らせ、すわ不正!事故!という場合には迅速に処理!というハードボイルドな仕事のはずなんだけど、実際問題ほとんどないよ、そんなこと。そんな試験の1時間を何もせずに立っていなければならないという状況、アナタが監督官ならどうやってクリアします? 


他の先生方にそれとなく尋ねたら、やはり皆さん考える事は同じで、それぞれ秘策をお持ちだ。「予備の問題用紙で自分も解答を考えてみる」あたりは序の口。「受験票をのぞきこんで出身地はどこが多いか調べる」とか、「時計はアナログかデジタルか」「左利きは何人いるか」「茶髪の割合」などとテーマを決めて、心の中で統計を取るテがある。はては「カラオケのレパートリーを、頭の中でフルコーラス歌いまくる」「山手線の各駅を順番に思い出す。次は中央線。次は東横線(以下略)」など、真の意味でのヒマつぶしも。「執筆中の論文について熟考する」といった大学教員らしい時間のつぶし方が全く聞かれないのも不思議と言えば不思議(笑)。しまいには「しょうがないから壁のシミをじっと見ていると、だんだんモーローとなってきてトランス状態におちるんだよね…」なんてヤバめの先生も。


ま、そんなわけで受験生の皆さん肩の力を抜いて、気楽によろしく。