キャバレー

「夜は若く、彼も若かった。しかし、夜は甘いのに彼の気分は苦かった」(コーネル・ウールリッチ『幻の女』)


夜は相変わらず甘やかだ。オルガンとアンプを積み来んだタクシーは、鎗ヶ崎から駒沢通り、骨董通りを通って青山通りに出る。「な!山ちゃん!もう一軒行こう!」と連れの肩に手を回す赤ら顔の背広中年だの、俺ら周りなんか全然意識してないもんねと誇示するかのように不自然な姿勢で抱擁を続けるカップルだの、地下鉄の入り口を立ち塞いだまま楽しげに携帯電話と話し続ける女の子だの、要するにそんな「金曜の夜の表参道」な風景なんだか久しぶりな気がして、車窓からぼーっと眺めていたら店の前を通過してしまい、Uターンしてもう1度引き返す羽目になった。


今夜の会場は Lounge - O。2フロアあるクラブだがパーティ会場は上階ラウンジバー。下階からはズン・ズン・ズン・ズンと4つ打ちのビートが響いてくる。夜毎クラブに通いつめた経験のある者なら誰しも、セキュリティが立つエントランスでブ厚い鉄扉の向こうから響いてくる重低音にこれから待ち受けている陶酔の一夜への快い胸騒ぎをおぼえた経験があるだろう。そんな甘美な響きが、しかし今夜は単に我々ブラックベルベッツが得意とする「わざとらしい沈黙」を台無しにしてしまう事を軽く危惧しつつ、粛々とセッティングを進める。おそろいのオールドスタイルな譜面台あつらえておいて良かったと思わせるいかにもラウンジ的な(あえて言えば「昭和」的な)ステージ空間が素敵だ。


一応、今夜のコンセプトは「キャバレー」という事らしい。(ワイマール文化を爛熟させた社交場としてのキャバレー、ね。決して女の子が隣に座ってワイワイやるキャバレーではありませんぞと強調)と言いつつもショータイムには、SMとストリップと暗黒舞踏を3分の1ずつミックスした感じの(なんとなく想像できるでしょう?)セクシー&アバンギャルドなダンス・ショウが披露され、場内淫微な雰囲気に。しかし我々はきわめて健全に2ステージの演奏をこなす。


終演後、オーガナイザーの通称「村田のオジキ」(と呼んでいるのは僕と盟友ケソだけだが)にビールを1杯ごちそうになり26時頃には撤収。当方、明朝8時すぎには家を出て、都下橋本まで大学仕事をこなしに向かわなければならないので。


しかし「昼は教育者、夜はキャバレー」……って言ってしまうと、まるで典型的な二重人格者のようですね。