クラブ・ミュージックの文化誌

僕は26歳だけど、僕だって自分はもうダンスしには行かないんじゃないかと考えていた。でも僕はいまクラブに行って踊っている。一度でも楽しいということを知れば誰だってそれを忘れないものさ…
『NME』88年10月22日付





クラブ・ミュージックの文化誌
―ハウス誕生からレイヴ・カルチャーまで
野田努 (編), JICC出版局, 1993




「ダンス・ミュージック」とは単にポピュラー音楽の1ジャンルなのではなく、ポピュラー音楽の枠組みを再定義する存在である。という点については『ポピュラー音楽をつくる』でもふれられていたが、本書はそうした事実を人々が認識し始めた時期、言い換えればダンス・ミュージックが「音楽史」化され始めた時期の、90年代初頭に書かれたリポート集。


「"セカンド・サマー・オブ・ラヴ"のような、近年稀にみるユース・カルトを、なぜ多くのメディア人たちは放っておくのであろうか、というのが本書企画の契機となった素朴な疑問である」という編者のあとがきが表している通り、これは80年代末から90年代初頭にかけての世界的なダンスミュージック「フィーバー」の渦中(なにしろTRFティーケー・レイヴ・ファクトリーとして、小室哲哉までがレイヴを名乗り始めたのが本書の出版された93年の事である)から、様々なジャンルの「目効き」がそれぞれ、その流行の背景を報告したものだ。したがって文体もトピックも実に様々だが、総じて「カジュアルな口調で、基本的なデータをおさえる」手堅い文章と言える。


それにしても、ロックやジャズといった他のポピュラー音楽と比較してもきわめて賞味期限の短いダンスミュージック個々の現象は、一過性の流行として消費されていく事が多すぎる。それだけに、本書の中でもバレアリック・ハウス、アシッド・ジャズマンチェスター・ロックなど、もはや「懐メロ」なジャンルについての記述はとりわけ貴重だ。もちろん単なる「懐古ネタ」としてではなく、現在のダンス・ミュージックを研究する資料として。たとえばレイヴについて報告する三田の文章は、その後大きく広がっていったトラヴェラーズ/トライヴァル・シーンにつながる中間報告として重要だし、グラウンド・ビートを英国社会の階級問題やUKブラックの対抗文化という視点から解読する水越の文章も、後のドラムンベース・シーンにも通じる指摘として参考になる。


SECOND SUMMER OF LOVE 1988年、その最初の事件は起こった
レイヴ・カルチャーへ DANCE UNDERGROUND! (三田格


ACID CULTURE アシッドとコンピュータが奏でたニュー・サイケデリック
バイオ・フィードバック・サウンド (阿木譲


BALEARIC BEAT 地中海に浮かぶディスコ・アイランドが意味したもの
イビサから持ち帰ったオープン・マインド (平田知昌)


HOUSE MUSIC 従来のダンス・ミュージックを凌駕したサウンド実験
ハウス・サウンドの誕生と展開 (小泉雅史)


TECHNO モータータウンにかき立てられた若きビート
1987年のデトロイトをめぐって (野田努


GROUND BEAT ジャマイカ移民の子孫が残した対抗文化
もうひとつの"UKブラック" (水越真紀


ACID JAZZ ストリート・ブラック・ミュ0十九の新たな成熟
ジャズ、ストリートへの復権 (荏開津広


ROCK WITH DANCE ダンス・ブームはロックに何をもたらしたか
マッドチェスターの暑くて長い夏 (久保憲司


FASHION DESIGN ニューロマンティクスからスケーターまで
ロンドン・クラブ・ファッションの変遷 (長澤均


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