ポピュラー音楽をつくる

WONO2007-03-10



テクノ、トランス、ジャングル、ガレージでは、物語を語ることなどよりも、気持ちのいい瞬間を創造することこそが全てなのである
J. Gilbert



ポピュラー音楽をつくる
―ミュージシャン・創造性・制度
ジェイソン・トインビー, 安田昌弘(訳), みすず書房, 2004


昼間は肉体労働、夜はバンド演奏というセミプロのミュージシャン活動を40代まで続けた著者が、一念発起して研究者に転向した時の博士論文が、本書の原型とのこと。ポピュラー音楽およびミュージシャンの存在について、社会学、経済学、音楽学、美学、文学、現代思想…と膨大な文献を用いて分析論考。その学際的な振り幅の広さと、インタビューや雑誌記事まで使って描写する音楽現場の具体例とのバランスが絶妙。中でもミュージシャンとそれを食い物にするレーベルや企業という搾取構造について語る部分の舌鋒の鋭さに、下積み積年の恨みを読み取るのは深読みか?


「テクノロジー」の章では、マイクやマルチトラックレコーダーといった録音技術や放送メディアなどのテクノロジーによって、どのように音楽が「サウンド」化していったかというプロセスが詳細に検証されていて興味深い。過去の歴史を眺めると、いかにも技術革新こそが時々の音楽を進化させてきたように思われがちだが、実際その時代の「リアルタイムな空気」としては、必ずしもテクノロジーがすんなり受け入れられてきたわけではない事がわかる。


たとえばレコーディングとは、長い間「ドキュメンタリー」であった。ステージで演奏する姿をあたかも客席で聴いているかのようにそのまま収録するのが理想だった。だから、マイクが発達して生演奏では不可能な「ささやき声とオーケストラの共演」が可能になった時も、多重録音が可能になった時も、「そんなものは邪道だ」「虚像だ」と必ず反対の声があがった。ポップス先進国のアメリカがそういう状況だったからこそ、後進国イギリスのビートルズは、売り込みのために次々とテクノロジーを用いた新しい手法を開発して付加価値を高めていったのだという…。


著者は、ロックとはたかだかこの数十年流行した例外的なジャンルであると指摘する。より普遍的なポピュラー音楽のあり方は、むしろダンス音楽の方ではないか、と。 というわけでダンスミュージックの根拠と意義を解明するのが最終章。


ロックは「オリジナル」で「正統」なスターの神話を煽る。だが、他人の曲(無数のスタンダード・ナンバー)を巧みにエディット(編曲)して人々をダンスさせるスイングジャズ時代のビッグバンドや、他人の曲(無数の匿名的なシングル盤)をエディット(選曲)して人々をダンスさせる現代のDJは、どちらも安易な「自己表現」の幻想を目的にすることなく、音楽の作り手と受け手を接続する「開かれたネットワーク」を提供する存在であり、そこにポピュラー音楽の新しい可能性がある、というのが本書の結論だ。かなり乱暴な要約だが。

第1章 市場―魂を売る
アドルノ、等価性、市場/起業家と革新/音楽市場とポピュラー音楽の政治経済/大人になって、独り立ちしてー制度的自律性の出現/プロト市場と作者=スター/結論


第2章 でっちあげ、見せびらかす ―ミュージシャンの作為
音楽制作と創造半径/社会的作者の素養、そして声/ミンガス・フィンガース/演奏性ー演技とプロセス/演奏性=喧しく、透明で、中断された/この章のまとめ


第3章 テクノロジー ―手段的な楽器
オーディオ録音―発育不良の一例/散種と結晶化/腹話術/テープ・ディレイ(1)ビッグサウンドの最先端で/テープ・ディレイ(2)空間を制作する/ウォール・オブ・三度の美学と政治学/マルチトラック録音と時間をめぐる実験/ダンス音楽の新時代におけるプログラム化されたビート/最終楽章ー技術決定論ジェンダー化された権力


第4章 ジャンルの文化
ジャンルの響き/ジャンルの不可避性―フリーミュージックの事例から/共同体、下位文化、構造的相同性/商品形態、あるいは時間と空間と人種を横断するジャンル/人種音楽/クロスオーヴァー/メインストリーム/正典的文化/結論


第5章 ダンス音楽 -やっぱりビジネス、それとも地上の楽園?
ダンス音楽―文脈/ハウスからドラムンベースまで―ジャンル的変成の二つの種類/行為性、創造性とダンスの美学/ダンス音楽ネットワークー身体と経済/レコード会社、プロデューサー、生産の政治学/結論-少しだけ創造する


付録 ポップの新しい世紀に向けて -著者インタビュー