カリブの音楽とダンス


もうずっと昔から
アコーデオンもシャシャもビギンもあったのだ
トライアングルだってティ=ブワだって
すべての音楽は進歩した
カレンダだってそうだ
ただ1つ、僕らの音楽は変わらない
僕らは忘れない
あれこれ言う人もいるけれど
熱い心の音楽なんだ
変化を好んで
進歩をさせようとするけれど
僕らはビギンを踊るのさ
さあ、ビギンを踊ろうよ
さあおいで、僕とビギンを踊ろう


"Beguin Wabap"(クレオールの歌)





カリブの音楽とダンス

Sully Cally, 大串 久美子(訳), 勁草書房, 1996




カリブ海のフランス海外県(植民地ではない)マルティニーク島およびグアドループ島のダンスと音楽についての解説書。


先に紹介した『ニグロ、ダンス、抵抗』は、カリブ海地域のダンスや音楽の成立を歴史的にも地理的にも大きく俯瞰する内容であったが、それだけに実際の音楽や使われる楽器といった細部までは踏み込まないもどかしさがあった。一方、本書は歴史的経緯や状況については簡単な紹介程度にとどめ、そのかわり地域と時代を限定して各論を展開。ちょうど『ニグロ、ダンス、抵抗』を補完する内容と言って良い。


マルティニーク島出身フランス在住のアーティスト(実演家)という著者の来歴もあって、実際に使われる楽器(写真入り)や歌詞や楽譜といった「現物」が、とにかく大量に紹介される。とりわけクレオール語の原詞(日本語訳つき)による流行歌の紹介は貴重。なにしろこの種の音楽は、音源は民俗音楽のCD集などで手に入っても歌詞は不明という場合が多いので、なるほどこんなノリで歌ってるのか、と想像する助けになる。


土着音楽やアフリカ系音楽にヨーロッパ音楽がリミックスされて新しい音楽が生まれていった経緯は、ちょうどヨーロッパ言語とアフリカやカリブの言葉がリミックスされて「クレオール語」が生まれていった様子を思わせる。たとえばポーランドマズルカのように、もともと「ヨーロッパの民俗音楽」であった音楽やダンスが、カリブ海では再解釈(リミックスというより『エディット』?)され、ポピュラーな芸能として生まれかわっていった。


そんなマズルカをはじめ、ビギンやチャチャチャ、ズークといったカリブ音楽について、本書では詳しく紹介されている。打楽器のリズムパターン譜、ダンスステップ図、ダンスの段どりまで詳しく記されているので、空想の中でダンスを疑似体験した気分になれたりもする。さらに、歌詞つきのピアノ譜が豊富に掲載されているのが有益だ。譜面を比較してみれば、ミヨー、イベール、ジョリヴェなど20世紀初頭フランスのクラシック作曲家にこれらの音楽(とりわけリズムパターン)が与えた影響がよくわかる。


もっとも、フランス領ではあってもカリブ海アメリカの庭先。20世紀に入るとヨーロッパだけでなく、次第にオリジナリティを増してきた「アメリカ音楽」もまた大きな影響を与え始める。社会情勢の不安定なマルティニーク島と、同じフランス領土でありながら安定し繁栄していたアメリカ大陸のルイジアナ。その間で労働者の移動が頻繁になるにつれ、当時の最先端音楽であったジャズとカリブ音楽の影響関係も緊密になっていった。


そもそもルイジアナの州都と言えば、ジャズ発祥の地ニューオルリンズ。ジャズとビギンの間には、即興を主体とする楽曲構成や、それまでになかったダンサブルな曲想など多くの共通点がみられる。だいいち「ビギン」というジャンル名じたい「始める」という英語が語源なのだ(と著者は述べている)。つまり「ラテンジャズ」の流行るはるか以前から、「ラテンとジャズ」は親密な関係を結んでいたというわけだ。

1 歴史
 伝統の誕生
 主な打楽器の分類
 アフロ=カリブの太鼓
 その他の打楽器類
 様々な自然の楽器


2 マルティニークにおける農村のダンスと催し物
 アジア、レスリング・ダンス
 レスリング・ダンスの音楽構成
 奴隷廃止後のレスリン
 カテルまたはカルテル
 ベル・エアーまたはベレ
 グラン=ベル・エアー
 ベリア
 ティング=バング
 カニグエあるいはカングエ
 マヨンベのダンス
 カレンダのダンス
 クー・ド・マンあるいはアソテ
 ヴワ・ベフ
 シャルバリ



3 ユーロ=アンティーユの民俗芸能
 ビギン
 マズルカ
 ワルツ
 ポルカ
 カドリーユとオート・タイユ


4 大衆の音楽と催し物
 ミジック・シュヴァル・ブワ
 ブーケ舞踏会
 ダンス・ディナー、または饗宴
 ミュージック・パンチ
 ダンス・ティー
 ズークという音楽
 アンティーユの舞踏会