世界のダンス

なぜわれわれがダンスするのかって?
われわれは生きているから、
石ではないからダンスをするのだと思う。
いままでに石がダンスをするのを見たことがあるか?

ー あるアフリカの学者




世界のダンス ー 民族の踊り、その歴史と文化 ー
ジェラルド・ジョナス (訳: 田中祥子+山口順子), 大修館書房, 2000年




ダンスやダンス・ミュージックについて調べ始めると、資料のほとんどが「バレエ」とか「フラメンコ」とか「サイケデリック・テクノ」といった、特定のジャンルに関するものであることに気づく。だが、そうした細分化の前に、ひとまず「ダンスとは何なのか」を概観しておくためのリファレンスが必要ではないか。そう考えていた当方にとって、本書はまさしく最適な「最初の一冊」となった。


これまでダンスに関するアカデミックな研究は、西洋社会のダンスを扱う「ダンス批評」や「歴史学」と、非西洋社会のダンスを扱う「ダンス民俗学」や「人類学」に分けられていた。本書はこうした分裂を避け、人類に共通する「ダンス」の本質を探るために、縦軸(歴史)や横軸(地理)といった直線上の差異としてではなく、社会における「機能」の差異として、世界中のダンス事例を分析してみせる。


本書ではダンスの機能が以下のように分類される。

1 ダンスの力
   文化的アイデンティティの象徴としてのダンス
2 踊りの神
   宗教的な信仰の表現としてのダンス
3 国家と舞踊
   社会秩序と権力の表現としてのダンス
4 社交の踊り
   文化的習俗の表現としてのダンス
5 古典舞踊の舞台
   古典的芸術としてのダンス
6 ダンスの新世界
   文化的融合を進めるメディアとしてのダンス
7 ダンスの近代化
   個々のアーティストの創作表現としてのダンス
8 ダンスの国際化
   現代社会の様相を示す指針としてのダンス


こうした分析を通して見えてくるのは、たとえばこんな話だ。


西洋人によって「野蛮で卑俗」と誤解されてきたアフリカのダンスでは、実は男女は接触しない。男女の関係性よりも、集団と個人の対比がダンスの主題となる。グループでの統制されたダンスと、その中でソロイストが披露する即興的ダンスとの対比。ソウルやサルサといったアフリカ起源の音楽におけるコール&レスポンス様式のようなものだ。


一方、西洋のダンスは男女のカップルという組み合わせが重要だ。宮廷の「恋愛ブーム」を起源とする西洋ダンスでは、社交ダンスからバレエまで、性差や性的な意味合いが常に強調される。集団でのダンスも、たとえば舞踏会における大人数のワルツのように、男女のパートナーという最小単位の倍数としてダンス集団は存在し、厳格に定められた姿勢や振り付けを守りながら、規律正しくダンスが行われる。


そしてアメリカでは、こうしたアフリカ起源のダンスとヨーロッパ起源のダンスが混じり合っていった。即興性と規律、集団重視とパートナーシップ重視といった相反する要素が溶け合い、ケークウォークなど初期のダンスからディスコ文化やヒップホップまでつながる大衆ダンス文化が生まれていった。(という説は、カントリー音楽とブルース音楽の融合からロックンロールが誕生していった…という逸話にそっくりではないか)


もともとドキュメンタリー・ビデオとの並行企画であるだけに写真や図版も豊富だ。バレエ。社交ダンス。モダンダンス。暗黒舞踏。南太平洋のダンス。アフリカのダンス。イスラムのダンス。アボリジニのダンス。ネイティヴ・アメリカンのダンス。バリのトランス。リオのカーニバル。原宿のホコテン。ニジンスキーマース・カニングハムプレスリーマイケル・ジャクソン………とまあ、ありとあらゆるダンスが登場する、これはめくるめくダンス絵巻でもある。